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知っておきたい自然薯の歴史とは?

うなぎ じねんじょ 豊田市 まんまる

 

ヘルシーで美味しい自然薯ですが、どのような経緯で私たち日本人が口にするようになったのかという点について、詳しく知っているという方は意外と少ないのではないでしょうか。自然薯についてより深く理解できるようにするために、以下では知っておきたい自然薯の歴史について見ていくことにしますので、関心のある方はぜひ参考にしてください。

 

 

自然薯は日本原産


自然薯は、その名からも分かるように日本原産の植物です。人間の手によって改良されてきた作物ではない純粋な野生種であり、まさに自然の恵みともいえる貴重な食材なのです。なお、しばしば長芋や大和芋といった他の山芋と混同されがちですが、それらと自然薯とはまったく別個の植物であるという点を頭に入れておくようにしましょう。

 

 

自然薯の歴史


自然薯は、昔から滋養強壮食として重宝され、「山菜の王者」として多くの人々に食されてきました。古くは稲作が伝わる以前に主食として食べられていたとも言われています。また、漢方の世界でも「山薬」としてその効用が高く評価されており、薬用としても長年にわたって用いられてきたのです。このような自然薯ですが、歴史を紐解くと、主に現在の愛知県や岐阜県をはじめとした東海地方一円で古くから食べられてきたということが様々な記録から確認できます。何でも戦国時代末期には、織田信長や豊臣秀吉、徳川家康といった大名にも献上されていたようです。この事実からも、自然薯は貴重な栄養源として当時から貴重な存在であったということが分かるのではないでしょうか。

 

また、自然薯は、江戸時代になるとますます重宝されるようになり、江戸初期に活躍した本草学者である貝原益軒は、その著書である「大和本草」のなかで「山より出るを自然生と云う、味最も良し腎を補い脾胃を益す、虚人久しく服すべし」と記しています。ここで「自然生」と書かれているのが自然薯のことで、この文章が意味しているのは、山から掘り出される芋を自然薯と呼ぶのだが、これは最も味が良く、腎臓の機能を補強し、脾臓や胃にも有益なものであるので、病弱な人は長期的に食べるようにすべきであるということです。貝原益軒は、医学にも長けていたと伝えられていますので、まだ科学がそこまで発達していなかった17世紀においても、様々な研究や観察を通して自然薯が持つ豊富な栄養素を肌で感じていたのでしょう。

 

貝原益軒は、自然薯と山芋の違いを明確に理解しいたようで、その著書の中でも両者の特徴を項目を分けて紹介しています。また、同じく江戸時代に活躍した農学の大家である宮崎安貞が記した「農業全書」においても、長芋などの山芋類と自然薯を別々に扱っており、これらのことから既にその時代には自然薯は他の芋類とは異なる植物であるという認識が広く普及していたことが分かります。なお、明治維新以降の近代化の時代にあっては、日本食文化の発展や健康志向の高まりを受けて、自然薯は日本各地で広く食されるようになりました。今日私たちが様々なお店で自然薯を楽しめるようになった背景には、このような長きにわたる歴史の裏付けがあるのです。

 

 

自然薯は歴史上も重要な食物


日本書紀や奈良時代に書かれた風土記の一部にも、自然薯を思わせる記述があるように、自然薯は古くから日本人の食生活と深く結びついてきた食物です。その稀少価値ゆえに一部の人々しか口にすることができない時代もありましたが、現在では広く世の中に普及しています。自然薯に関心がある方は、ぜひ歴史の息吹を感じながらその味を楽しんでみるとよいでしょう。

 

 

うなぎ 自然薯 まんまる

〒471-0874 愛知県豊田市前田町6-27-1

TEL/0565-41-6712

営業時間/11:30~14:00(L.O) 17:30~21:30

定休日/月曜日

席数/100席(テーブル 34席、座敷66席)

駐車場/約25台(無料)

 



うなぎ じねんじょ 豊田 まんまる

[ 姉 妹 店 ご 紹 介 ]

あんかけスパ&お好み焼 えん

〒471-0874 愛知県豊田市前田町7-6−3

TEL/0565-37-8005

赤から 豊田店

〒471-0874 愛知県豊田市前田町4-52−2

TEL 0565-33-8822

赤から 豊田2号店

〒470-1206 愛知県豊田市永覚新町4-88 2F

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